動物的な、あまりに動物的な~人間とは?

人間とは、不思議な生き物ですよ。動物でしかないのに、美辞麗句を並べたてて、自分をあたかも天上人のように、見繕うのです。

今の、ほとんどの人間は、動物でしかないです。思考を放棄しているんでしよ。現実を都合よくねじ曲げて、絶対的に価値がある自分を、都合よく解釈するんですよ。現実に自分をあわせるのではありません。自分に現実をあわせるのです。

よく人は舐める、舐められないという言葉を口にします。動物の世界では、オスがメスの獲得競争をします。ヒエラルキー社会では、舐められるというのは、オスの地位を危うくします。猿の群れでは、ボス猿がメスとの交尾を独占します。猿の世界では、力が全てです。猿の世界では、力という単一の要素で、ヒエラルキーが決まります。分かりやすい世界だと言えましょう。

一方で、人間の世界はどうでしょうか?今の御時世では、金が全てです。アメリカをみてれば分かりやすいです。金で、流行りのメディアを買って、自身に、都合の良い情報を流すのです。イタリアのベルルスコーニがかつてテレビを買ったように、今は、イーロン・マスクがツイッター買収して、権力を握るのです。そして、支配者に都合の良い情報を流すのです。

それでも、権力者による自惚れは、まだマシです。ただ天狗になっているのを眺めればいいだけですので。本当に怖いのは、弱者の怨嗟や嫉妬です。

どんな人にもプライドがあります。人の脳は、対等以上の関係でないと、明白に順位ついた状態を除き、受け入れがたいものです。最近気がついたのですが、私の生活は羨ましいと思われる事があるみたいです。ほとんど世捨て人に近い、美術家でしかないのに。好きな事をしていて羨ましいと言われました。こんな非人でも羨望がうまれるみたいです。地方にいた時、やたらその地方の人は、とあるアーティストの悪口を言ってました。その人はアーティストになりたいのですが、実力が足りません。よって、その人の悪口を言って、下げる事により自分のプライドを保っているように思えました。

今の雑工の会社は、おじいさん達が多いです。おじいさん達は長年、土方仕事をしてきたというプライドがあります。それなのに、自分より若い職人から、怒鳴られ、社会的、金銭的に厳しい生活をしています。だから不平不満をしきりに口にします。職人や社会から言われた事を、より立場が弱い者にぶつけるのです。アレコレ人様の粗探しをして、注意するのです。最終的には歩き方など、どんな微細な事まで注意する始末です。

そういう意味で舐められるというのは、致命的な行為になるのです。怨嗟と怨念やらストレスの捌け口になるという事ですから。怖いものですよ人間は。ターゲットにされたが終わり、徹底的に痛めつけられますもの。

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私は、篤志家になりたいのです。自分は散々苦しんできたから、少しでも、社会で、同様の苦しみを、社会から減らしたいのです。細かい己の所作を、たえず見つめ直し、思想と言動が一致しているか、問い続けるのです。それは、廃材エコビレッジゆるゆるの村長をみて、素直にそう想いました。どんな華やかそうなのをみても憧れなかった自分が、初めて憧れを覚えたのです。

天上界とも思えるゆるゆるを出て、下界に足を踏み入れました。何処の会社も厳しいでしょうが、この雑工の会社は自分が経験した仕事のなかでも、肉体的にも、精神的にも、厳しいところです。

朝5時半に会社を出て、現場着8時、コンクリートのガラ袋を運ぶ作業など基本ハードコアワークをして、4時半に終業。会社に戻るのは18時半です。飯食って、風呂入って、そうなると、動ける時間は極わずかです。月曜、火曜はいいのですが、水曜日移行は限界に近くなります。常に睡眠不足です。だからこそ、新米篤志家としての所作を問われるのです。

しかし、その新米篤志家としての志も、疲労やら精神的困憊で、有耶無耶になってきます。週末に近づくにつれて、朝が一番辛くなります。朝起きて、思う事は、仕事に行きたくない、とにかく早く家を借りて、仕事を辞めたいという事です。この仕事ほど、長期的な未来がない仕事はありません。一時的なバイトか、事実上定年退職した職人、訳あり者しかきません。

『刑務所の独房と一緒だよ。洗面器とトイレがあったら、完璧だな』

寮の風呂場で言われた言葉です。その同僚の爺さんが何の罪で入ったのか分かりませんが、今いるところは、そういう場所です。

それでも良い点はあります。身体を動かすと、脳みそがパキパキになります。一歩間違えば、致命的な事故に至る可能性があり、怪我はかなりの頻度で起きます。自分の身は自分で守るしかないので、常に気を引き締めて作業するので、脳内が覚醒します。身体を動かす事は気持ちいいです。

また、かなりコミュニケーションを要求される仕事です。あれやってこれやってなどの職人の指示を理解し、指示を振り分けたり、はつり工事などでは、電動ドリルでコンクリートを削るので、その工具の音がうるさくて、ボディランゲージでコミュニケーションをするなんてことも多いです。湧いてくる感情も多いので、大変なのですが、楽しくもあります。

肉体と精神は密接に関連していて、よく寝て、体調が良ければ、機嫌もいいですし、精神も良いので、多少の事を言われても、グラつきません。体調が良ければ心のキャパシティが広いのです。文句というのは、どうしても人間なので出ます。できる限り文句は、私は言わないようにするのですが、他人様の他者批判は、つられて一緒になってその人の事をああだこうだ言ってしまいます。

世の中は徳により治める徳治主義社会でないといけないと思います。そうでなければ、ただ獣性の本能のまま、強者が全てを得て弱き者を虐げ、弱き者がさらに弱き者を虐め抜く。そして、強者の手落ちが露呈した際に、弱き者が溜め込んだ怨念がここぞとばかりに、その強者をくらい尽くすのです。

わたくしは散々苦しみました。金が無い事や、食べるのもがない事より、何より人様が怖いのです。他の人に同じ道を味わってほしくないないのです。

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