人間とは、とても動物的な生き物です。綺麗な服を着て、美辞麗句を並び立てても、所詮動物なのです。
今の職場では72歳のじいさんがいるのですが、とても頑張り屋です。ただ、ボケかけています。仕事はとてもよく頑張るのですが、なんせ良い歳で、雑工をやるには体力的に厳しいもにがあります。
弱い者は、他人を虐めます。現場仕事は、仕事ができるか否かが全てです。弱い者は、自分より仕事ができない者を見つけ、知らず知らず、口撃してます。本能なんですよ。動物でもあるでしょう?ストレスフルな環境に置かれた人間というのは、他人様をその不平不満の捌け口にするのです。わたしは人間が恐ろしいのです。
人は、人に注意をする事に快感を得ます。俗に言う正義中毒というものです。善を振りかざし、他者を口撃する。正義とは、とても気持ちがいいのですよ。みんな勧善懲悪が好きでしょう?自分は無謬の正義、悪は他者だ、悪は懲らしめるべきだと。人間の正義心ほど怖いものはないですよ。
人は、育ってきた環境で、自分の価値観を形成します。しかし、自分は自分から逃れられません。だから、自身の無謬性を疑わないのです。己は常に正しいのです。知らない価値観は存在しないのと一緒ですから。自身の当たり前の価値観を絶対視するのです。
わたしにはこの仕事は悲しすぎます。朝5時半に出て、会社に戻るのが18時半。それで日当は一万円ほどです。雑工は技術職ではないから安いのです。絶対に必要な仕事なのに、後が無い訳あり者達は、安く使われています。でも、この会社は優しくて、頑張ってる人に報おうとしています。業界自体が、報われない構造になっているのです。絶対に社会に必要な仕事なのに、まともに人が来なくて、年がら年中人手不足なのです。社会的地位が低くて、給与も低くて、危ない仕事。ただただ、悲しくて、悲しくて。
頑張って働く人が蔑ろにされ、ビットコインやら、ユーチューバーやら、キラキラワークが持て囃され、資本家は何もせずともぶくぶくと膨れ上がってく。この社会がどうもオカシナ方向に進んでいるとしか思えません。
だからこそ。弱き者を口撃する弱き者をわたしは、責められないのです。一生懸命みんな働いているのに、社会的地位や賃金の少なさ。報われない感覚が、何処か捌け口を求めるのです。私も糖尿病なのに甘い物をついつい口にしてしまいます。
頭賢しき者が、社会に必要な仕事を蔑ろにして、金が金を産み、実直な労働者を馬鹿にして、労働者も馬鹿だからしょうがない、と卑屈になるなんて。こんなに、悲しいことはありません。
20251年1月の雑工仕事エッセイ。